Perry Saturnとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > Perry Saturnの意味・解説 

ペリー・サターン

(Perry Saturn から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/12 09:35 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ペリー・サターン
プロフィール
リングネーム ペリー・サターン
サターン
ザ・ガーゴイル
本名 ペリー・アーサー・サトゥーロ
ニックネーム イリミネーター・サターン
身長 178cm
体重 109kg
誕生日 (1966-10-25) 1966年10月25日(54歳)
出身地 アメリカ合衆国
オハイオ州
クリーブランド
トレーナー キラー・コワルスキー
デビュー 1990年
テンプレートを表示

ペリー・サターンPerry Saturn)のリングネームで知られるペリー・サトゥーロPerry Arthur Satullo1966年10月25日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーオハイオ州クリーヴランド出身[1]

来歴

キャリア初期

17歳の時から4年間アメリカ陸軍に入隊している。ジョン・クローナスと出会った事によりプロレスラーになる事を目指し、キラー・コワルスキー主宰のレスリングスクールにてトレーニングを開始。1990年、キラー・コワルスキーが主宰する団体であるIWF(International Wrestling Federation)でデビューを果たし、テラ・ライジング (後のトリプルH) とタッグを組んで活動した。同年、リングネームをペリー・サターンPerry Saturn)へと変更してクローナスとのタッグチーム、ジ・イリミネーターズThe Eliminators)を結成。

1991年よりジェリー・ジャレットが主宰するUSWA(United States Wrestling Association)に参戦。1993年2月、初来日を果たし、新日本プロレスに参戦。ランボトニー・ホームと組んで出場した。1994年4月25日、USWAにてUSWA世界タッグ王座を保持するブライアン・クリストファー & エディ・ギルバートに挑戦して勝利し、ベルトを奪取した。

ECW

1995年9月、クローナスと共にECWと契約を交わし入団。入団して早々タッグ戦線で活躍。11月18日のNovember To Remember 1995ではピットブルズ(ピットブル1号 & ピットブル2号)と対戦して敗戦した事により抗争を開始。1996年2月3日、Big Apple Blizzard BlastにてECW世界タッグ王座を保持するミック・フォーリー & マイキー・ウィップレックと対戦して勝利し、ベルトを奪取。王座戴冠後はトップとして君臨し、ダッドリー・ボーイズババ・レイ・ダッドリー & ディーボン・ダッドリー)、ザ・ギャングスターズ(ニュー・ジャック & ムスタファ・サイード)といったタッグチームと王座を巡って激闘を繰り広げた。1997年4月13日、ダッドリー・ボーイズからECW世界タッグ王座を奪取して3度目の戴冠となるが6月にECWから退団した。

WCW

ECW退団後、1997年9月にWCWへと移籍。サターンSaturn)のリングネームで入団して早々11月3日にはWCW世界TV王座を保持するディスコ・インフェルノに挑戦して勝利し、ベルトを奪取した。1998年1月、レイヴェン率いるレイヴェンズフロックRaven's Flock)へメンバー入り。1999年5月9日、レイヴェンとのタッグでWCW世界タッグ王座を保持するクリス・ベノワ & ディーン・マレンコレイ・ミステリオ・ジュニア & キッドマンと3wayタッグマッチによる王座戦を行い勝利し、ベルトを奪取した。5月よりレイヴェンズフロックから脱退してベビーフェイスへと転向し、クリス・ベノワとタッグを結成。6月10日にWCW世界タッグ王座を保持するダイヤモンド・ダラス・ペイジ & クリス・キャニオンに挑戦して勝利し、ベルトを奪取した。

2000年1月、WCWでの起用法の不満から、同調したベノワ、マレンコ、エディ・ゲレロと共にWCWから退団した。

WWF / WWE

WCW退団後、2000年1月にWWFへと移籍。ベノワ & マレンコ & ゲレロとラディカルズThe Radicalz)なるユニットを結成。結成して早々トップ戦線に乗り込み、トゥー・クール(グランマスター・セクセイ & スコッティ・2・ホッティ)、ニュー・エイジ・アウトローズロード・ドッグ & ビリー・ガン)と抗争を展開した。5月にユニットは解散。WWFハードコア王座WWFヨーロピアン王座戦線へと切り替え、ラディカルズの元メンバー達と抗争を展開。

2001年よりマネージャーにテリーを従えて活動していたが、ある日頭を強く打った衝撃でモップをモッピーと呼称して愛するという奇行に奔るようになり、テリーと破局した。以降、コミック路線で活動していたが2002年3月、WWEから退団した。

インディー団体

WWE退団後、2002年10月よりWWFやWCWに所属したレスラー達が集結したWWA(World Wrestling All-Stars)に参戦。ECW時代に戦ったサブゥーサイモン・ダイアモンドと連戦した。2003年1月、10年ぶりに新日本プロレスに参戦。外敵としてジョシュ・バーネット高山善廣と組んで出場した。3月よりTNAに参戦。ECWオリジナルメンバーで結成されたユニットであるチーム・エクストリームTeam Extreme)の一員として怪奇派ユニットであるディサイプルズ・オブ・ザ・ニューチャーチとハードコアマッチでの抗争を展開した。6月には再び新日本プロレスに参戦し、ダン・デバインとのタッグで出場。9月にはジミー・アンブリッツと組んで出場した。

2004年4月、強姦犯から女性を助けようとしたときに、犯人から3発銃弾を浴び重傷を負う。その傷が元でプロレスができない状態であったが、治療及びリハビリに専念したおかげで2010年にはWWEのバックステージへ出向くほど回復した。プロレス復帰に向けてトレーニングに励み、2011年11月にインディー団体であるAWE(Awesome Wrestling Enteratinment)のPPVであるNight of the Legendsにて復活を遂げ、CWアンダーソンと対戦して勝利で飾った。

2012年、古巣であるWWEにロードエージェントとして復帰。6月30日にはExtreme Risingに参戦してパパドンと対戦して勝利した。2013年5月24日、ミュージシャンビリー・コーガンが主宰するRPW(Resistance Pro Wrestling)に参戦。レイヴェンとWCW以来となるザ・フロックThe Flock)を再結成してブレディ・ピアース & マッドマン・ポンドと対戦して勝利した。

得意技

フィニッシュ・ホールド

リング・オブ・サターン
クリップラー・クロスフェイスアームバーを合体化した変型関複合技。ペリー・サターンの得意技として知られる。
うつ伏せ状態の相手の左腕を自らの両脚で挟み込み、そこから右腕を脇下に挟んだ状態で両手で首元を締め上げるアームバーとクロスフェイスの複合技。元祖はペリー・サターン。ナガタロックIIIと同型。
リング・オブ・サターン2
ストラングル・ホールドγ

その他得意技

スリーハンドル・ファミリー・グラダンザ
横回転式フィッシャーマンズ・スープレックス
サターンボム
ファルコンアロー
ダイビング・エルボー・ドロップ
デスバレーボム
Tボーンスープレックス
サターンサルト
ムーンサルトプレス

連携技

トータルイリミネーション
ジョン・クローナスとの合体技。サターンがフライングニールキック、クローナスが水面蹴りを同時に放つ。

獲得タイトル

WCW
  • WCW世界タッグ王座 : 2回
w / レイヴェン : 1回
w / クリス・ベノワ : 1回
  • WCW TV王座 : 1回
ECW
w / ジョン・クローナス
WWE

他、アメリカのインディー団体を中心に多数のタイトルを獲得。

入場曲

  • Total Elimination

脚注

  1. ^ Perry Saturn”. Online World of Wrestling. 2014年4月28日閲覧。

外部リンク


「Perry Saturn」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「Perry Saturn」の関連用語

Perry Saturnのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



Perry Saturnのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのペリー・サターン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS