キャッスル作戦とは? わかりやすく解説

キャッスル作戦

(Operation Castle から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/21 23:33 UTC 版)

キャッスル作戦・ロメオ実験のキノコ雲

キャッスル作戦(キャッスルさくせん、Operation Castle)は、アメリカ国防総省アメリカ原子力委員会が合同で、1954年ビキニ環礁エニウェトク環礁の二つの環礁で行なった、一連の核実験。合計で6回の実験が行われ、特に3月1日に行なわれたブラボー実験が有名。本実験はアップショット・ノットホール作戦に続いて実施されたもので、本作戦に引き続いてはティーポット作戦が実施されている。

概要

アメリカ合衆国が行なった核実験のうち、1952年のエニウェトク環礁におけるアイビー作戦に続くものである。アイビー作戦のマイク実験において、人類史上初の水素爆弾(水爆)の爆発実験が行なわれたが、この実験で使われた水爆は湿式水爆と呼ばれ、極低温で液化した重水素三重水素を使用したため、大規模な付属機器のために質量が73.8トンにも及び、実用兵器には程遠いものだった。

ところが、翌1953年ソビエト連邦が、重水素や三重水素をリチウムと化合させて固化することで大幅に小型軽量化した乾式水爆RDS-6の実験に成功(ただし現実には原子爆弾にわずかな熱核反応をプラスした「強化原爆」と言うべきものであったことが判明している)し、アメリカも対抗上、重水素化リチウムを用いて小型軽量化した乾式水爆の開発を迫られ、テラー・ウラム型が開発され、その成果を試すため、キャッスル作戦が行なわれた。

実験の結果、第五福竜丸等の船舶が被曝し、広範な範囲が放射性物質で汚染された。高知新聞社は2004年夏、「灰滅の海から」と題した連載記事を掲載し、第五福竜丸以外にも、多数の日本船舶がキャッスル作戦の被害を受けたと報じている[1]。  

実験内容

行なわれた実験は以下の通り。

キャッスル作戦
実験名 日時 核出力(計画) 核出力(実際) 場所 備考
ブラボー 1954年3月1日 6 Mt 15 Mt ビキニ環礁 第五福竜丸が被爆する事件が発生。

マーシャル諸島の広範囲に放射性物質が落下、先住民の多くが被爆した。 アメリカの1番大きい核実験。(爆発力のスケール)

ロメオ 1954年3月27日 4 Mt 11 Mt ビキニ環礁 予想の約3倍の爆発力が放たれ、ブラボーに続き、再び放射性物質が広範囲に落下した。

ブラボーのクレーター内で爆発。

クーン 1954年4月7日 1 Mt 110 kt ビキニ環礁 失敗、予想の1Mtの1/10の爆発力しかなかった。

原因は第二ステージの反応が遅すぎて、不完全核爆発が起きたと考えられる。

ユニオン 1954年4月26日 3~4 Mt 6.9 Mt ビキニ環礁 Mk-14のプロトタイプの実験。
ヤンキー 1954年5月5日 8 Mt 13.5 Mt ビキニ環礁 アメリカの2番目に大きい核実験。(爆発力のスケール)
ネクター 1954年5月14日 1.8 Mt 1.69 Mt エニウェトク環礁 アイビー・マイクのクレーター内で爆発、キャッスル作戦の中で唯一爆発の大きさが正確に予想された実験である。

この実験で、アメリカは水爆の小型化には成功したが、まだ爆撃機に搭載するまでには至らず、1956年になってB-52戦略爆撃機からの水爆投下実験『レッドウィング作戦』(チェロキー)に成功している。

脚注

関連項目





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