観測弧とは? わかりやすく解説

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観測弧

(Observation arc から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/24 03:37 UTC 版)

観測天文学における太陽系天体の観測弧(かんそくこ、:observation arc)または弧長(こちょう、:arc length)とは、ある天体が最初に観測されてから直近で最後に観測されるまでの期間やその長さを指す用語であり、移動する天体の軌跡を追跡する際に使われる。通常、日単位か年単位で表される。この用語は多くの場合小惑星彗星の発見や追観測で使われる。ある天体の観測弧の長さは、その天体の軌道要素の精度と強く関係し、その間の観測数や中間での観測の頻度、タイムスタンプが精度に与える影響よりも強い。

短い観測弧

天体の軌道の決定には、時間をおいて天体の位置を位置天文学の要領で正確に計測し、時間とその移動量から軌道を導出する必要があるが、一回ごとの観測で測定される位置にも当然誤差が生じる。長大な軌道のほんの一部に相当する短い期間の観測結果で軌道を求めても、その軌道に基づく将来の天体の位置予想は時間がたつにつれて増幅する誤差によりどんどん精度が悪くなり、不確実性パラメータ英語版は大きくなる。限られた観測ではその天体の軌道は、それぞれ地球からの距離の異なる様々な軌道のうちのどれかひとつとしか絞り込まれない。初期の短い観測弧だと、その天体が地球を周回しているのか、小惑星帯を公転しているのかすら区別できない。

たとえば小惑星(392741)2012 SQ312009年12月27日の発見当初の1日の観測弧では太陽系外縁天体に分類される軌道が求められ、遠方にある割に明るかったため準惑星候補になりうる大型の天体と考えられていたが、2002年2004年のプレカバリーの発見もあって現在は小惑星帯に位置する天体と分かり、そこから大きさもせいぜい1 kmサイズと推定される[1]

別の例では、2004 BX159は2004年1月20日の発見間もない3日の観測弧では火星横断小惑星として地球に脅威を及ぼす可能性もあったが、後に通常の小惑星帯の天体と分かった[2]

比較的軌道が絞られている天体の場合、過去に(別の観測施設も含めて)撮影された画像に写っているも見逃されている例を、暫定の軌道から過去の位置を遡ることで発見でき、こうしたプレカバリー英語版が見つかれば発見から日が経っていない天体でも長い観測弧を得ることができ精度の良い軌道の導出が可能となる。

観測弧が30日に満たない太陽系内側の天体の場合、最後の観測から1年以上空くと軌道の誤差が大きくなりすぎて正確な位置を把握できなくなり、そのまま見失われる場合がある。太陽系外縁天体のような太陽から距離が離れており見かけの移動量が遅い天体の場合は、軌道を正確に求めるための移動量の確保にさらに時間がかかり、観測弧が数年に満たない天体は軌道が確立されない[3]。一般に、太陽から離れた位置で発見された天体は、観測弧が短いと初期軌道に大きな不定性を持つ。

2018 AG37は太陽から100au離れた位置で発見されるも、2年間で11回しか観測されていないため[4]、現在の公転周期717.8年には約60年もの誤差があり、公転周期や遠日点を正確に決定するにはあと数年の観測を要する。

1999 DP8に至ってはわずか1日の4回の観測しかなく[5]、不確実性は非常に大きく誤差範囲はもはや意味を成さず、たとえば発見時のこの天体の地球からの位置は52±1500 auとなっている。

オールトの雲からの新彗星パンスターズ彗星(C/2017 K2)英語版は発見公表時の2.6日の短い観測弧では、太陽から20auの位置にあり2027年に太陽から10auの位置にある近日点を通過するとされていたが[6]、現在は発見位置は太陽から16auの位置で、近日点通過は2022年12月19日、その距離は1.8auと分かっている。

サイディング・スプリング彗星 (C/2013 A1)2014年に火星に衝突する可能性を排除するには、およそ200日の観測弧を要した[7]

恒星間天体

発見天体が恒星間天体であることを確認するには、秒速数kmの双曲線超過速度(星間速度)を持っていることを確認するために2~3週間の観測弧中に数百回の観測を要する。マックノート彗星(C/2008 J4)は発見直後の15日の観測弧でのわずか22回の観測で3.9km/sの星間速度が得られるも、観測数が不十分なため不確実性も大きく離心率の閉じた軌道となっている[8]

SOHO彗星(C/1999 U2)の場合は観測弧がわずか1日とほとんど意味をなさない数字であるため、星間速度が17km/sという疑わしい値を示すも、離心率が0.7程度の閉じた軌道である可能性も十分にある[9]

地球への接近

直近20年間で観測されていない2023年時点で天王星以遠にある彗星の、次回地球最接近時の接近距離
彗星 観測弧 観測数 不確実性パラメータ 次回地球最接近日 最接近距離の誤差 出典
スイフト・タットル彗星 257年 652 0 2126年8月5日 ±10000 km data
LONEOS彗星(C/2001 OG108 0.9年 886 2 2147年3月23日 ±200万km data
レビー彗星(C/1991 L3) 1.6年 125 3 2094年8月1日 ±1500万km data

257年もの観測弧によって、スイフト・タットル彗星が2126年に地球に最接近する際の接近距離は10000kmの精度にまで絞り込まれている[10]

一方で観測弧が1年に満たない場合、例えばLONEOS彗星(C/2001 OG108)が2147年に地球に最接近する際の距離には200万kmものばらつきがあり[11]、レビー彗星(C/1991 L3)に至っては観測弧はLONEOS彗星より少し長いも、観測数がかなり少ないため最接近距離の不定性はさらに大きい。

それに比べて、シャルネツキー彗星(C/2022 A1)が2022年1月2日に発見されたとき太陽からの距離は既に1.3auまで近づいており、わずか5日の観測弧で1月7日に発表された[12]。翌日に迫っていた地球への最接近距離の3シグマ不定性も100万kmにまでわずか5日で絞り込まれて[13]おり、不定性の大きさは観測弧の短さのほかに発見時の距離に依存することがわかる。

関連項目

脚注

  1. ^ (392741) = 2012 SQ31 = 2004 PR107 = 2009 YS20”. 2022年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月18日閲覧。
  2. ^ 2004 BX159”. 2016年5月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月18日閲覧。
  3. ^ TNOs really do require patience; 2-3 years is only just enough to say anything about the orbit parameters – Astronomer Michele Bannister (4 April 2018)
  4. ^ JPL Small-Body Database Browser for 2018 AG37
  5. ^ JPL Small-Body Database Browser for 1999 DP8. Discovery date Ephemeris table setting: #39. Range & range-rate = 6.8E+11 / au / 3-sigma = 1500 au
  6. ^ MPEC 2017-K35 : COMET C/2017 K2 (PANSTARRS)”. IAU Minor Planet Center (2017年5月24日). 2017年10月21日閲覧。 (CK17K020) T 2027 Jan. 5
  7. ^ How to determine the orbit of a comet?”. esa (2014年3月7日). 2022年1月8日閲覧。 “It took 44 days of observation to achieve even a semblance of an orbit determination – one that was still all over the place”
  8. ^ JPL Small-Body Database Browser for C/2008 J4 (McNaught)
    e = 0.9977 to 1.017
    軌道長半径 = −58
    v=42.1219 1/50000 − 0.5/−58
  9. ^ JPL Small-Body Database Browser for C/1999 U2 (SOHO)
  10. ^ JPL Small-Body Database Browser for Comet Swift–Tuttle
  11. ^ JPL Small-Body Database Browser for C/2001 OG108
    (Close approach uncertaintyの(MaxDist of 0.434)と(MinDist of 0.408)の差と、1au= 149597870.7kmより)
  12. ^ MPEC 2022-A59 : COMET C/2022 A1 (Sarneczky)”. IAU Minor Planet Center (2022年1月7日). 2022年1月8日閲覧。 (CK22A010)
  13. ^ C/2022 A1 (Sarneczky) Close approach table at JPL SBDB and Uncertainty region archive

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