龍宮神社 (小樽市)とは? わかりやすく解説

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龍宮神社 (小樽市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/26 06:32 UTC 版)

龍宮神社


拝殿

所在地 北海道小樽市小樽市稲穂3丁目22番11号
位置 北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度 / 43.200556; 140.992139座標: 北緯43度12分02.0秒 東経140度59分31.7秒 / 北緯43.200556度 東経140.992139度 / 43.200556; 140.992139
主祭神 底津和田都美神
中津和田都美神
上津和田都美神
社格郷社
創建 明治9年(1876年
本殿の様式 神明造銅板葺
例祭 6月21日
主な神事 龍宮火祭
地図
龍宮神社
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龍宮神社(りゅうぐうじんじゃ)は、北海道小樽市稲穂に鎮座する神社である。旧社格郷社

祭神

底津和田都美神(そこつわだつみのかみ)、中津和田都美神(なかつわだつみのかみ)、上津和田都美神(うわつわだつみのかみ)の和田都美三神(綿津見三神)を主祭神に、豊受姫命大物主神大毘古命桓武天皇を配祀する。2026年(令和8年)より榎本武揚を主祭神に加える準備が進められている[1]

由緒

明治2年(1869年)に国有地払い下げの折、榎本武揚が小祠を設けて遠祖である桓武天皇を奉祀した[疑問点]のが濫觴で、同9年に移民の安寧を図って「北海鎮護」の額を献納し改めて神社として創祀し、その後江差町教派神道龍宮教会分所(明治17年設置)が明治19年4月に現社地に移転して榎本創祀の小祠を合祀し、これを龍宮殿と称したが、同29年7月に本間豊雄がその土地と社殿の全てを譲り受けて初代社司(現宮司に相当)となり、翌30年(1897年)社殿を改築して大和田津美神社と称し、同年6月には国から神社として認められた(無格社)。翌31年4月に現社名に改称し、大正5年(1916年)3月に村社に列格、同7年12月長橋町に鎮座していた小樽伏見神社を境内に遷座し、昭和3年(1928年)9月には郷社に昇格するとともに神饌幣帛料供進神社に指定された[2]

なお、鎮座地である稲穂(いなほ)は明治3年に開拓判官である岩村通俊が命名したものであるが、「いなほ」はアイヌが祭具として用いる「イナウ」に因んだ名であって、古くはアイヌが祭場としていた所であると伝えられる[2]

社殿

現本殿は大正15年に組織された造営会の下で改築に着手し、昭和16年に竣工したもの。本殿は神明造で拝殿は桁行3間梁間3間の切妻造平入の正面中央間に梁間1間向切妻造の向拝を付した形態。屋根はともに銅板葺。

脚注

参考文献

外部リンク




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