香取航空基地
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/19 13:32 UTC 版)

国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
香取航空基地(かとりこうくうきち)は、大日本帝国海軍の航空基地(軍用飛行場)。正式名称は海軍香取航空基地である。通称で香取飛行場とも呼称されている。旧匝瑳郡椿海村(現千葉県匝瑳市)と同郡共和村(現千葉県旭市)にまたがり建設された。所在は、現在の香取市や香取郡の郡域ではない。
概要
建設計画が明らかにされたのが1938年(昭和13年)、完成は1942年(昭和17年)のことである[1]。
1945年(昭和20年)2月、本州から初となる神風特攻隊が硫黄島へ出撃した。太平洋戦争の終戦により撤去された[1]。
跡地には旭市が企業誘致を行い、1961年(昭和36年)から1962年(昭和37年)にかけて工業団地(あさひ鎌数工業団地)が形成された[2]。跡地の一部は、日清紡ブレーキ(1987年進出)のテストコースに転用されている。南西・北東方向に1500m滑走路と南東・北西方向に1400mの2本で互いの中央部が十字状に交差した特徴を持つ。西側に司令部等の主要建物があった。
基地跡には1976年(昭和51年)に慰霊塔が建立された[1]。碑文の題は自衛隊の初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した源田実による。また、公園内には自衛隊機(SNJ型航空機)が展示されている。
現存する遺構
- 北西角の北側田圃内(匝瑳市春海)に航空機用有蓋掩体壕が2基、南東角の東側、鎌数伊勢大神宮(旭市鎌数)の駐車場脇に大型機用有蓋掩体壕がある(いずれも個人私有地内)。また、鎌数工業団地から西へ約2kmの場所に間口幅3m×高さ1.5mで奥行の深い有蓋掩体壕がある。(香取航空基地との関連は現時点で不明)
- 工業団地西側の空き地内に当時の前庭舗装が残っている。また、テストコースになった滑走路面跡地には、滑走路の舗装が当時のまま一部残っている。
関係する人物
備考
- 2017年まで使用していた銚子駅駅舎は、元々の駅舎が銚子空襲で焼失した後、戦後に旧香取航空基地の元格納庫を転用・改装して再建されたものであった。
- 滑走路面跡地周辺は1984年公開の映画『零戦燃ゆ』のロケ地となった。
- 位置座標:北緯35度43分45.69秒 東経140度36分38.96秒 / 北緯35.7293583度 東経140.6108222度座標: 北緯35度43分45.69秒 東経140度36分38.96秒 / 北緯35.7293583度 東経140.6108222度
参考文献
- 匝瑳市に現存(2012年9月時点)する掩体壕の解説板、『掩体壕(えんたいごう)』、2008年12月、匝瑳市教育委員会
脚注
- ^ a b c “匝瑳探訪 戦跡めぐり”. 匝瑳市. 2025年6月19日閲覧。
- ^ “こんにちは健保組合です! 事業所探訪 北総通運(株)の巻”. 千葉県トラック健康保険組合. 2025年6月19日閲覧。
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