青森県・岩手県・秋田県・山形県・宮城県の一部とは? わかりやすく解説

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青森県・岩手県・秋田県・山形県・宮城県の一部 (1896 - 1903)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/08 22:51 UTC 版)

第8師管」の記事における「青森県・岩手県・秋田県・山形県・宮城県の一部 (1896 - 1903)」の解説

1896年明治29年)に陸軍師団を6個増設して計13師団師管作ることにした。増設師団一つ第8師団で、青森県弘前市司令部置いたこれにあわせ、明治29年勅令24号(3月14日制定16日公布4月1日施行)の陸軍管区表改定で、第8師管置かれることになった第8師管は、以前第2師管南北二つ割ったうちの北半分にあたり以前の第4旅管の区域そのまま引き継いだ青森県・岩手県・秋田県・山形県のほか、宮城県のうち北辺の3郡(登米郡本吉郡栗原郡)である。第8師管の下には4つ連隊区新設されたが、それらは以前4つ大隊区区域引き継いだ。こうしてそれぞれ一つ上のレベル区域を引き継がせることで、境界変更なしに師団倍増果たしたのである第8師管1896年4月1日 - 1903年2月13日弘前連隊区 盛岡連隊区 秋田連隊区 山形連隊区 1903年2月明治36年勅令第13号2月13日制定14日公布)による陸軍管区表改定で、師管連隊区の間に旅管が設置された。 第8師管1903年2月14日 - 1907年9月)第4旅管弘前連隊区 盛岡連隊区16旅管秋田連隊区 山形連隊区

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