酒井四家と四大将
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 20:03 UTC 版)
酒井筑後守信政(栗栖野酒井氏)栗栖野城主。酒井四家のうちの一人で栗栖野酒井氏の大将を務めた。栗栖野城城代であった弟の依信は波多野秀治と共に八上城に籠城した。最後の城主、信定と子孫は農民として栗栖野に落ち延びた。 酒井主水介氏治(矢代酒井氏)矢代城主。酒井四家のうちの一人で矢代酒井氏の大将を務める。丹波攻めにおいて大山城主長澤氏の救援のため大山合戦で加勢した。しかし、明智軍による攻撃を受け、討死にする。松尾山山上に始祖の酒井政親と並んで氏治の墓が安直されている。 酒井上野介氏盛(油井酒井氏)油井城(尾ノ上城)城主で酒井佐渡守重貞の嫡男。酒井四家のうちの一人で油井酒井氏の大将を務めた。弟は波多野元秀の養子となった波多野秀香。 酒井勘四郎氏武(酒井菊夜叉丸)(初田酒井氏)大沢城主。酒井四家のうちの一人で初田酒井氏の大将を務めた。家臣の杉本、石井両氏と明智方に対して徹底的な抗戦をした。その後杉本、石井氏を使者として送り、明智側に降伏した。明智光秀に服従し、本能寺の変後出兵し、近江国大津瀬田において18歳で討死する。
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