路線バスの衰退、付帯事業の強化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 02:16 UTC 版)
「斜里バス」の記事における「路線バスの衰退、付帯事業の強化」の解説
昭和40年代に入ると過疎化やモータリゼーション化の進行により利用者数は減少に転じた。知床観光ブームで一時的に増加したものの、レンタカー観光や団体旅行への転換により路線バスは厳しさを増し、1973年(昭和48年)以降は不採算路線の減便・休廃止やワンマン運転化などの合理化を進めるに至った。定期観光バス・周遊バスの強化や空港 - 知床直行便、裏摩周線(廃止済)を開設し、知床観光の観光ルートの開拓を図っている。 収入減少を最小限に止めようと付帯事業の強化が図られ、整備工場の土地の一部をローソンに賃貸、ウトロターミナルを観光協会に賃貸(移転済)、保険代理店業、ニッポンレンタカー斜里営業所の窓口(廃止済)、東急百貨店とのタイアップでオリジナルグッズを販売するなど、新たな増収対策を行っている。
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