豊平村 (長野県)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/22 07:19 UTC 版)
| とよひらむら 豊平村  | 
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| 廃止日 | 1955年2月1日 | 
| 廃止理由 |  新設合併 ちの町、宮川村、金沢村、玉川村、豊平村、泉野村、北山村、湖東村、米沢村 → 茅野町  | 
    
| 現在の自治体 | 茅野市 | 
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |   | 
    
| 地方 | 中部地方、甲信越地方、信越地方 | 
| 都道府県 | 長野県 | 
| 郡 | 諏訪郡 | 
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) | 
| 総人口 |  3,883人 (国勢調査、1950年)  | 
    
| 隣接自治体 | 諏訪郡ちの町、玉川村、泉野村、北山村、湖東村、米沢村、南佐久郡南牧村、北牧村、畑八村 | 
| 豊平村役場 | |
| 所在地 | 長野県諏訪郡豊平村 | 
| 座標 | 北緯36度00分52秒 東経138度12分08秒 / 北緯36.01458度 東経138.20228度座標: 北緯36度00分52秒 東経138度12分08秒 / 北緯36.01458度 東経138.20228度 | 
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豊平村(とよひらむら)は長野県諏訪郡にあった村。概ね現在の茅野市大字豊平にあたる[1]。
地理
歴史
平安時代、『和名類聚抄』にみえる諏訪郡の郷の一つに「山鹿郷」があり[3]、現在の豊平・湖東地区と推定され、南大塩村[4]が中心だったと思われる。山鹿牧、大塩牧という勅旨牧があり、山鹿牧は『延喜式』には、信濃十六牧の一つとして記載された。(埴原牧#概要に詳しい)
- 1875年(明治8年)2月18日 - 筑摩県第十四大区第四小区下菅沢新田村・福沢村・南大塩村・塩之目村・下古田村・上古田村・宮原新田村・中込新田村・御作田新田村が合併して豊平村となる。
 - 1876年(明治9年)8月21日 - 筑摩県廃止にともない、長野県南第十四大区第四小区となる。
 - 1879年(明治11年)1月4日 - 郡区町村編制法の施行により長野県諏訪郡となる。
 - 1879年(明治11年)6月30日 - 大小区廃止にともない、湖東村との連合戸長役場(豊平村湖東村戸長役場)を豊平村南大塩に置く。
 - 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に基づき、豊平村役場が発足。
 - 1955年(昭和30年)2月1日 - ちの町・宮川村・金沢村・玉川村・泉野村・北山村・湖東村・米沢村と合併して茅野町が発足。同日豊平村廃止。
 
有名な出身者
- 小尾権三郎
 - 福澤諭吉(祖先が、豊平、福沢区の出身とされる。)
 - 島木赤彦(誕生地は諏訪市という説と、豊平下古田の生まれと言う説がある。)
 - 長田新
 - 長田幹雄
 - 塚原葦穂
 - 宮坂英弌(尖石・与助尾根遺跡の発掘にあたり、茅野市尖石縄文考古館を設立した。)
 
脚注
- ^ 南大塩区・下菅沢区・福沢区・上古田区・下古田区・御作田区・塩之目区・上場沢区・広見区・山寺団地自治会・グリーンヒルヴィレッジ自治会(茅野市暮らしのガイドブック2019年20頁参照)
 - ^ 諏訪市・茅野市を流れる天竜川(諏訪湖)水系の一級河川
 - ^ 諏訪市博物館ホームページ・なんでも諏訪百科 - 山鹿郷
 - ^ 諏訪市博物館ホームページ・なんでも諏訪百科 - 南大塩
 
参考文献
- 角川日本地名大辞典 20 長野県
 
関連項目
- 豊平村_(長野県)のページへのリンク