論争の起源と経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 09:59 UTC 版)
「利潤率の傾向的低下の法則」の記事における「論争の起源と経緯」の解説
マルクスが『資本論』第Ⅲ巻において「利潤率の傾向的低下法則」を論証したことに対して、まもなくツガン・バラノフスキー(1901)の批判が現れた。これに対して、カール・カウツキー(1901-02)の反論などが現れた。しかし、マルクスやカウツキーらの論証に問題があることは、ボルトケヴィチ(L. von Bortkiewicz)や柴田敬(1935-36),ポール・スウィージー(Paul M. Sweezy)(1942),ジョーン・ロビンソン(Joan Robinson)(1942)らに引き継がれて決着を見なかった。その間の事情については板木雅彦(2004)第1節「置塩定理に至る論争の展開」を見よ。石塚良次は、「利潤率低下」論は、生産価格論と並ぶ、「欧米でのいわゆる「マルクス・ルネサンス」における二大論争の係争主題」であると評している。
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