西村滋とは? わかりやすく解説

西村滋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/09 06:59 UTC 版)

西村 滋(にしむら しげる、1925年4月7日 - 2016年5月21日)は、日本作家

人物・来歴

愛知県名古屋市生まれ。6歳で母と、9歳で父と死別して孤児となり、以後放浪生活の後、少年養護施設の職員となる。

1952年、処女作となる『青春廃業』を発表。また『やくざ先生』は、1960年に石原裕次郎主演で、日活で映画化された。一時テレビドラマ脚本を書いた[1]後、静岡で主夫をしながら著作を続け[2]、1975年に『雨にも負けて風にも負けて』で第2回日本ノンフィクション賞受賞。

1976年の『お菓子放浪記』は全国青少年読書感想文コンクールの課題図書となり、同年、テレビドラマ化された。1994年には『続・お菓子放浪記』、2003年に『お菓子放浪記 完結編』と書き継がれ、2011年には『エクレール・お菓子放浪記』として映画化、劇場公開された。

1985年の『母恋い放浪記』を中心とした作家活動で「路傍の石文学賞」を受賞。

2016年5月21日に多臓器不全で死去した[3]。91歳没。

長女は脚本家の松本真樹(ペンネームはニシモトマキ)。

著書

  • 『青春廃業』(渡辺書房) 1952
  • 『笑わない青春の記』(中央公論社) 1955
  • 『やくざ先生』(第二書房) 1957
  • 『陽のあたらぬ恋人たち』(春陽堂書店) 1957
  • 『不良少年』(平凡社、人間の記録双書) 1957
  • 『雨にも負けて風にも負けて 戦争孤児十三万人の歪められた軌跡』(双葉社) 1975
  • 『しゃくなげの詩 母恋い放浪記』(エルム) 1976、のち改題『母恋い放浪記』(主婦の友社) 1984
  • お菓子放浪記』(理論社) 1976、のち講談社文庫
  • 『原爆はおちなかった 《ヒロシマ》…わが愛』(創世記) 1977
  • 『妻よ男のみる夢は』(創世記) 1977
  • 『おとうさんのひとつの歌』(民衆社) 1980
  • 『雨にも負けて風にも負けて 1日だけの名優たち』(民衆社) 1981
  • 『春まで命があれば』(民衆社、手をつなぐ中学生の本) 1983
  • 『それぞれの富士 戦争とふたりの少年』(主婦の友社) 1986
  • 『ザ・ろまんちすと 私がであったカミサマたち』(ミネルヴァ書房) 1987
  • 『地下道の青春』(ミネルヴァ書房) 1988
  • 『続・お菓子放浪記』(理論社) 1994
  • 『SOSの季節 少年院一九四五年春から夏へ』(光人社) 1995
  • 『お菓子放浪記 完結』(理論社) 2003
  • 『戦火をくぐった唄 三日月センセイと三人の子と』(講談社) 2009

出典・脚注

  1. ^ 西村滋 - テレビドラマ人名録 - ◇ テレビドラマデータベース ◇2011年9月26日閲覧
  2. ^ 講談社文庫版あとがき
  3. ^ “作家の西村滋氏死去”. 時事通信. (2016年5月21日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052100245&g=soc 2016年5月21日閲覧。 

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