蓮生の登場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/13 15:06 UTC 版)
一ノ谷の戦いで平敦盛を討った熊谷次郎直実が出家して蓮生(ワキ)と名乗り、一ノ谷を訪れる。 ワキ「これは武蔵の国の住人(じうにん)、熊谷(くまがえ)の次郎直実出家し、蓮生(れんせい)と申す法師にて候、さても敦盛を手に掛け申ししこと、あまりにおん痛(にた)はしく候ふほどに、かやうの姿となりて候、またこれより一の谷に下り、敦盛のご菩提を弔ひ申さばやと思ひ候ワキ〽九重(ここのえ)の、雲居を出でて行く月の、雲居を出でて行く月の、南に廻(めぐ)る小車(おぐるま)の、淀山崎をうち過ぎて、昆陽(こや)の池水(いけみず)生田川、波ここもとや須磨の浦、一の谷にも着きにけり、一の谷にも着きにけり [蓮生]これは武蔵国の住人、熊谷次郎直実が出家し、蓮生と申す法師です。それにしても敦盛を手に掛け申し上げたことは、あまりにいたわしいことでしたので、このように出家の姿となったのです。また、これから一ノ谷に下って行き、敦盛のご菩提を弔いたいと思います。[蓮生]都を出て、月とともに南へ行くと、水車で知られる淀、そして山崎を過ぎて、昆陽池(今の伊丹市)、生田川を通り、波が近くまで打ち寄せる須磨の浦の一ノ谷に着いた。
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