荒野の40年と聖餐論争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 17:20 UTC 版)
「日本基督教団」の記事における「荒野の40年と聖餐論争」の解説
2002年に総会議長となった山北宣久牧師は、教会派の総会議長であった。山北は2006年の教団総会で、社会派が主導権を持ち、教会派と対立した40年間を「荒野の40年」と評した。また日本基督教団では聖餐について対立が深まった。教会派は「聖餐の乱れ」を問題としている。2007年の第35総会において、山北宣久教団総会議長は、フリー聖餐を行った日本基督教団紅葉坂教会の北村慈郎牧師に対して「教師退任勧告決議案」を出した。山北宣久や藤掛順一ら教会派は教憲・教規を重視し、フリー聖餐牧師に対する戒規を求めた。このことから、教会派は、教憲・教規派とも、呼ばれている。また、山北議長は、社会派が多用した宣教の語を避けて伝道の語を用い、伝道派とも呼ばれる。 東神大教授の山口隆康は「日本基督教団紅葉坂教会における違法な聖礼典の執行の問題」と題して講演をした。また、キリスト新聞で、フリー聖餐の擁護派の小中陽太郎と反対派の東神大教授芳賀力が論争するなど、聖餐を巡る対立が続いている。 日本基督教団は2010年1月26日、北村慈郎牧師を牧師職免職の戒規処分とした。日本基督教団史上初である。北村は戦争責任を強調した為に狙い撃ちされたと語っている。
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