花園稲荷神社
花園稲荷神社
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花園稲荷神社
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「五條天神社 (台東区)」の記事における「花園稲荷神社」の解説
花園稲荷神社 祭神:倉稲魂命(うがのみたまのみこと、別名豊受姫命(とようけひめのみこと)) この神社の創建年代については不詳であるが、五條天神社が移転してくる以前からこの地にあった神社である。一説に空海が東寺の門前に建てた稲荷山を太田道灌が勧請したとも、天海が勧請したとも、のちに木食浄雲により再興されたとも伝えられるが、社伝では、承応3年(1654年)に天海の弟子晃海により再興されたとされる。 幕末には上野戦争(黒門・穴稲荷門の戦い)の舞台ともなった。1873年(明治6年)に周囲が寛永寺の花畑であることから花園稲荷神社と改名され、現在の花園稲荷神社の社殿などが整備された。 本務社である五條天神社に管理されているものの、花園稲荷神社は独立した法人格を持つ兼務社であって、五條天神社の境内社ではない。 穴稲荷神社(忍岡稲荷神社) 花園稲荷神社の元宮であり境内社。「忍岡稲荷神社」が正式名称である。花園稲荷神社の整備後も元宮(旧社地)である当神社はそのまま残されている。 弥佐衛門狐 花園稲荷神社の境内社。穴稲荷の向かって左奥にある社。寛永寺建立の際に忍が岡の狐が住むところが無くなるのため、一洞を造り社を祀ったと伝えられる。
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