第5次作戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 06:14 UTC 版)
11月13日と14日のマニラ空襲で、軍需品の輸送を担当するはずだった輸送船は全滅した。レイテ島の日本軍は補給を断たれ、重装備も不足し、苦戦を強いられていた。そこで第68旅団の輸送をおこなうはずだった第五次~七次作戦は、軍需品の輸送に振り替えられた。同時期、第14方面軍司令官山下奉文大将は、第三船舶司令部にレイテ島輸送作戦の決行を下令する。これにより陸軍潜水艦・まるゆ(三式潜航輸送艇)3隻も投入された。これは記録に残る陸軍潜水艦の最初の実戦参加である。またセブ島・レイテ島間では水雷艇や魚雷艇による輸送と連絡が行われていたが、こちらも制空権の喪失と優秀なアメリカ軍魚雷艇の活動により、損害を出しながらの運用だったという。海路での物資補給は期待できず、日本陸軍航空隊は、空中空輸という方式でレイテ島日本軍に補給をつづけた。
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