第2期 ビー・バップ・デラックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/05 04:32 UTC 版)
「ビー・バップ・デラックス」の記事における「第2期 ビー・バップ・デラックス」の解説
ビルはスティーヴ・ハーレイ&コックニー・レベルを脱退したポール・ジェフリーズ(B)、ミルトン・リーム・ジェームズ(K)、ミルトンに紹介された元ハッケンサックのサイモン・フォックス(D)とバンドの再構築を図る。このラインナップで1975年よりレコーディングを始めるが、発売中止となってしまうシングル「ビトゥィーン・ザ・ワールド/ライツ」と、6度のライブの後、コックニー・レベルからの二人はバンドを去る。 残ったサイモン・フォックスに、オーストラリアのバンド、ミシシッピーのベーシストとしてイギリスに来たが、バンドと別れロンドンに残ったニュージーランド出身のチャールズ・トゥマハイ(B)をオーディションによって加え、ビー・バップ・デラックスはトリオ編成で再出発する。 1975年5月、プロデューサーにクイーンを成功に導いたロイ・トーマス・ベイカーを迎え、ファースト・アルバムに対して、よりプログレッシッブなアプローチを行った『フュチュラマ』をリリース。ベイカーが得意とする多重録音を駆使したこのアルバムからのシングル「魅惑の淑女」(原題"Maid In Heaven")がスマッシュ・ヒットとなる。
※この「第2期 ビー・バップ・デラックス」の解説は、「ビー・バップ・デラックス」の解説の一部です。
「第2期 ビー・バップ・デラックス」を含む「ビー・バップ・デラックス」の記事については、「ビー・バップ・デラックス」の概要を参照ください。
- 第2期 ビー・バップ・デラックスのページへのリンク