砲・工兵科の技術従事、技術部
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「陸軍少尉候補者」の記事における「砲・工兵科の技術従事、技術部」の解説
1938年(昭和13年)10月、砲兵科および工兵科の技術従事少尉候補者教育が行われていた陸軍工科学校が神奈川県高座郡大野村に移転し、以後の教育を行った。同校は1940年(昭和15年)7月に陸軍兵器学校に改編され、教育を受ける少尉候補者は丙種学生と定められた。 同年9月の陸軍補充令(勅令第584号)により陸軍兵器学校で教育を受ける少尉候補者は兵技准尉と兵技軍曹から選抜された技術部少尉候補者となり、翌1941年(昭和16年)8月の陸軍兵器学校令改正(勅令第786号)により技術部少尉候補者は己種学生と改まり修学期間は約1年と定められた。 1944年7月、陸密第2837号により前年12月に陸軍兵器学校へ入校した己種学生は修学期間を約3か月短縮され、1944年12月に入校予定の己種学生は採用中止となった。
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