真田南海夫とは? わかりやすく解説

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真田南海夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/03 20:00 UTC 版)

真田 南海夫(さなだ なみお、1906年明治39年)6月28日 - 1999年平成11年)2月15日)は、日本の経営者。扇興運輸(現:センコー)元社長[1][2]兵庫県西宮市在籍[1]

経歴

香川県高松市近くで生まれる[3]1913年(大正2年)兵庫県尼崎市に転居[3]1919年大正8年)5月、同郷の富田正次(高松市出身)が創業した海運業者の富田商会(現:センコー)に入社[1][2][3][4]。その傍ら1924年(大正12年)中之島商工学校を卒業[2]1946年(昭和21年)7月扇興運輸設立と共に常務に就任[2]1952年(昭和27年)7月専務を経て、1955年(昭和30年)2月社長に就任[1][2]1966年(昭和41年)11月(代表)会長に就任し、1972年(昭和47年)11月から相談役を務めた[1][2]

1999年(平成11年)2月15日前立腺癌のため兵庫県尼崎市の立花病院で死去[5][6]。92歳没。

人物

趣味はゴルフ、釣り、碁[2]

家族

脚注

  1. ^ a b c d e 「現代物故者事典 2000-2002 p607」
  2. ^ a b c d e f g h 人事興信所 編『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年、206(さの部)頁https://dl.ndl.go.jp/pid/3044853/1/1165 
  3. ^ a b c 日本窒素史への証言 第5集』「日本窒素史への証言」編集委員会、1978年、100頁https://dl.ndl.go.jp/pid/13175600/1/52 
  4. ^ 産経新聞 (2016年1月27日). “供養続けた小豆島に感謝 80年前、海難事故で創業者犠牲 物流会社、社史に掲載へ 香川”. 産経新聞:産経ニュース. 2025年6月3日閲覧。
  5. ^ 1999年 2月16日 日本経済新聞 朝刊 p39
  6. ^ a b 訃報/真田南海夫氏”. 海事電子版. 日本海事新聞社 (1999年2月17日). 2024年7月27日閲覧。
  7. ^ 真田将太朗 - X” (2025年5月19日). 2025年6月4日閲覧。



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