甲相同盟の成立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/10 14:29 UTC 版)
天文13年(1544年)に相模国の北条氏康と和睦を結び甲相同盟が成立した。 武田氏の武田信虎晩期から武田晴信期にかけて、信濃侵攻を行った。天文13年(1544年)に両上杉氏を当面の敵としていた相模の北条氏康と和睦を結び、ここに甲相同盟が成立する。同盟は同年正月1日には信玄側近の駒井高白斎・向山又七郎両名が郡内領主小山田氏の居館である谷村館(山梨県都留市)を訪れ、翌2日には後北条家臣桑原盛正と会談している(『高白斎記』)。翌天文14年に行われた武田氏の信濃伊那出兵では後北条氏が援軍を送っており、天文13年の間に同盟が締結されたと考えられている。
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