田沼 意次とは?

たぬま‐おきつぐ【田沼意次】

[1719〜1788]江戸中期幕臣遠江(とおとうみ)相良(さがら)城主。第10代将徳川家治側用人から老中となり、幕政実権掌握積極的な経済政策を進めたが、賄賂政治横行し、子の意知(おきとも)が城内で斬られてのち、勢力を失って失脚


田沼意次

作者海音寺潮五郎

収載図書悪人列伝 近代新装
出版社文藝春秋
刊行年月2007.2
シリーズ名文春文庫


田沼意次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/26 18:21 UTC 版)

田沼 意次(たぬま おきつぐ)は、江戸時代中期の旗本、のち大名江戸幕府老中遠江相良藩の初代藩主である。相良藩田沼家初代。




注釈

  1. ^ 実際は斬られて重傷を負い、その傷が癒えないまま亡くなった。
  2. ^ 柳沢・間部の職が側用人のみで正式の老中には就任していなかった(柳沢は老中格→大老格)ことと異なり、田沼は老中も兼ねていた。将軍の取次役である側用人が処罰されることはないが(将軍の政治責任を問うことになってしまうため)、老中は失政の責任を問われるためしばしば処罰を受けていた。
  3. ^ 赤ん坊が手を握る動作と役人が賄賂を受け取ることをかけて皮肉っている
  4. ^ 「猪牙」とは吉原への専用船のこと。固い役人でも吉原で接待すれば骨抜きになる
  5. ^ 田沼時代や田沼意次が汚職政治のイメージで語られたのは辻が始まりではない。上述のように三上の論考や徳富による通史があったり、辻自身が引用している通り、シーメンス事件に関わる貴族院議員の発言がある[9]。辻の論考は佐々木の指摘のように、その意図に反して意次=汚職政治家と学術的に、あるいは中高の教育に引用された経緯がある[10]。また、辻の論旨は民権発達の潮流として当時の民衆が時代や意次をどう認識していたかという部分があり[11]、辻が意次の汚職の根拠として民衆の噂話程度のものすら挙げたという大石の批判は注意が必要である。
  6. ^ 当時、田沼の賄賂政治を批判した松平定信が行った寛政の改革の諸役人への贈り物を規制する触書では、あまりに高価な品を送ることを戒めてはいるが、新年、中元、歳暮などの儀礼的な年中恒例の贈答などを禁止などしているわけではなく、むしろ一年に何度も及ぶ恒例の進物は当然のこととされた。それどころか、幕府役人への進物は大名らへの当然の義務であった。寛政4年の触書では“近年、年中恒例の進物の数を減らしたり、質を落としたり、なかには贈らない者もいる”と非難している。さらに、側衆や表向き役人への進物は、大名と役人の私的な贈答ではなく、将軍の政務を担う役人への公的な性格のものだからきちんと贈るようにとも命じている。 
  7. ^ 同時に藤田覚は「たしかに、個々の冥加金を見ると幕府財政を潤すほどの額とは言えないかもしれない。しかし、少額とはいえ少しづつでも増額させようとしており、そこには明らかに財政収支を増加させようとする意図がみえる」とも書き、財政収入増加説と流通統制説の双方に理解を示している。
  8. ^ 藤田覚は、この新田開発計画が成功すれば、当時全国3000万石あった石高が二割増しになり、しかもロシアまで日本に服属できるというのだから、実現の可能性を考えなければ気宇壮大、だが荒唐無稽な構想であり、蝦夷地加発策はまさに「山師」の時代を象徴するような大規模開発の構想だったと書いている。
  9. ^ 政府が積極的に支出をふやし、経済の拡大を図ろうとする財政政策
  10. ^ 支出をできるだけ減らして歳出規模の縮小を図る財政

出典

  1. ^ 藤田 覚『田沼意次:御不審を蒙ること、身に覚えなし』ミネルヴァ書房、2007年7月10日、4-6頁。
  2. ^ 藤野保『江戸幕府崩壊論』塙書房、2008年。[要ページ番号]
  3. ^ 大石慎三郎 (2001). 田沼意次の時代. 岩波現代文庫 
  4. ^ 高澤 憲治 (2012). 日本歴史学会. ed. 松平定信. 吉川弘文館 
  5. ^ 山本 博文『武士の人事』KADOKAWA、2018年11月10日。
  6. ^ 『江戸時代の古文書を読む―田沼時代』徳川林政史研究所 (監修)、東京堂出版、2005年6月1日、17-18頁。
  7. ^ a b 大石慎三郎 1977, pp. 203-208, 「誤られた田沼像」.
  8. ^ 大石慎三郎 1977, pp. 212-215, 「幕府政治の支配システム」.
  9. ^ 辻善之助 1980, pp. 7-9, 「緒言」.
  10. ^ 辻善之助 1980, pp. 345-357, 解説 佐々木潤之介.
  11. ^ 辻善之助 1980, pp. 328-342, 「結論」.
  12. ^ 大石慎三郎 1977, pp. 208-212, 「"顔をつなぐ"社会」.
  13. ^ 大石 慎三郎『田沼意次の時代』岩波書店、1991年12月18日、37-55頁。
  14. ^ a b 藤田覚『田沼意次:御不審を蒙ること、身に覚えなし』ミネルヴァ書房、2007年7月10日、157-163頁。
  15. ^ a b c d e f g h 日本近世の歴史4 田沼時代. 吉川弘文館. (2012/5/1) 
  16. ^ 藤田覚 2012, pp. 47-58, 「賄賂汚職の時代」.
  17. ^ 深谷 克己 (2010/12/1). 田沼意次―「商業革命」と江戸城政治家. 山川出版社 
  18. ^ a b c 藤田 覚『日本近世の歴史〈4〉田沼時代』吉川弘文館、2012年5月1日、29-32頁。
  19. ^ 『江戸時代の古文書を読む―田沼時代』徳川林政史研究所、東京堂出版、2005年6月1日。
  20. ^ 藤田 覚『田沼意次:御不審を蒙ること、身に覚えなし』ミネルヴァ書房、2007年7月10日、253-254頁。
  21. ^ 高木 久史 (2016). 通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで. 中公新書 
  22. ^ 『江戸時代の古文書を読む―田沼時代』徳川林政史研究所 (監修)、東京堂出版、2005年6月1日、19頁。
  23. ^ 高木 久史『通貨の日本史 - 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで』中央公論新社、2016年8月25日。
  24. ^ a b c 藤田 覚『田沼意次:御不審を蒙ること、身に覚えなし』ミネルヴァ書房、2007年7月10日、128-139頁。
  25. ^ 稚内史 第一章 天明の蝦夷地調査
  26. ^ a b 深谷克己『田沼意次―「商業革命」と江戸城政治家』2010年、山川出版社[要ページ番号]
  27. ^ a b c 藤田覚 (2018). 勘定奉行の江戸時代. ちくま新書 
  28. ^ 藤田 覚『田沼意次:御不審を蒙ること、身に覚えなし』ミネルヴァ書房、2007年7月10日、148-155頁。





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