田中藩主
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/18 14:33 UTC 版)
承応2年(1653年)、田中藩の初代藩主西尾忠昭の長男として生まれる。承応3年(1654年)に父が死去したため、家督を継ぐ。このとき、忠成が幼少のため幕命により叔父の忠知に後見役が命じられ、かつ5000石を分与したため2万石の大名となった。寛文元年(1661年)3月8日初めて将軍徳川家綱に御目見し、寛文7年12月28日(1668年)に従五位下、隠岐守に叙任される。 延宝3年(1675年)に忠知が死去したため、5000石が幕府より還付され、再び2万5000石の大名となる。延宝7年(1679年)9月6日、信濃小諸に移封された。
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