熊野神社としての重要性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 11:49 UTC 版)
現存する社殿は近世の再建に係る6棟が揃って遺存するもので、仮庵山を背に北面して建ち、東より西へ西殿、本殿、上殿、中殿、下殿、八百萬殿の6棟が横一列に並ぶ。建立年代は、本殿は寛文元年(1661年)、上殿は推定で江戸時代前期、西殿は元文2年(1737年)、他3棟は延享5年(1748年)である。本殿と上殿は一間社春日造かつ奥行二間とする、いわゆる熊野造である。構成や配置、各建物の形式は熊野三山の社殿と類似しており、熊野との強い関係性を示す。本殿と上殿は、田辺地方における数少ない17世紀中期以前に遡る貴重な神社建築例である。各棟ともに細部には地域的特色を備え、近世における当地方の神社建築の展開を考えるうえでも貴重な遺構とされる。これらの社殿は国の重要文化財に指定されている。
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