無量光寺 (和歌山市)とは? わかりやすく解説

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無量光寺 (和歌山市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/10 06:54 UTC 版)

無量光寺

山門と築地塀
所在地 和歌山県和歌山市吹上5丁目1-35
位置 北緯34度13分12.9秒 東経135度10分27.9秒 / 北緯34.220250度 東経135.174417度 / 34.220250; 135.174417座標: 北緯34度13分12.9秒 東経135度10分27.9秒 / 北緯34.220250度 東経135.174417度 / 34.220250; 135.174417
山号 里宮山
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 文政12年(1829年
開山 徳本
開基 本辨
正式名 里宮山寿経院無量光寺
札所等 和歌山西国三十三箇所第8番
法人番号 1170005000779
無量光寺
無量光寺 (和歌山県)
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無量光寺(むりょうこうじ)は、和歌山県和歌山市にある浄土宗寺院山号は里宮山。本尊阿弥陀如来徳本上人大名号塔の寺。「首大仏の寺」として知られる。

歴史

江戸時代文政12年(1829年)、紀州藩10代藩主徳川治宝の命により、現・和歌山県日高郡出身の大行者徳本を開山、本辨を開基として京都法然院を模して創建された。治宝は当寺を念仏道場と定め、堂塔を建立するなどして庇護した。

1881年明治14年)に全山焼失し、規模が縮小されて現在に至る。

境内に置かれた首大仏は末寺の大福寺から移された仏頭で、「首から上の願いを叶える」といわれ、多くの受験生らが参詣する。

境内

  • 本堂 - 1886年明治19年)に現・打田町の傳法院から移築された。
  • 首大仏 - 首だけの大仏像で、盧舎那仏の頭部である。天保11年(1840年)7月24日に末寺の大福寺にて開眼法要が営まれたが、1908年(明治41年)に大福寺が廃寺となった際に現在地に移転された。高さ3m。詳しくは「無量光寺の首大仏」を参照のこと。
  • 鐘楼
  • 庫裏
  • 徳本上人坐像
  • 観音堂
  • 山門

寺宝

  • 徳本行者真筆大幅名号

前後の札所

和歌山西国三十三箇所
7 大泉寺 - 8 無量光寺 - 9 窓誉寺

利用情報

  • 開門時間 - 7時から16時30分
  • 所在地 - 〒640-8137 和歌山県和歌山市吹上5丁目1-35

交通アクセス

周辺

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