滝田修と菊井良治の出会い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/27 00:26 UTC 版)
「朝霞自衛官殺害事件」の記事における「滝田修と菊井良治の出会い」の解説
1971年(昭和46年)4月13日、Nの仲介により、滝田と菊井の対談が大阪府箕面市の旅館で行われることになった。菊井は新幹線で新大阪駅到着後、朝日新聞社のハイヤーで旅館に向かい、滝田と対面した。 この対談で滝田は「革命を成し遂げるには、ゲリラ部隊を編成し、武闘を展開すべきだ。そして関東、関西で共闘する必要がある。当面、4・28闘争(沖縄デー)を戦い抜こう」と提案し、菊井も大いに賛成した。 会談後、箕面市の旅館を出た二人は車で大阪市北区に向かい、菊井の宿泊先のビジネスホテルに入った。二人は、滝田が持ち込んだサントリーレッドで深夜まで呑み、それでも呑み足りずに近くの居酒屋に向かった。菊井はこの夜のことが余程嬉しかったようで、帰京後、哲芸研の仲間達に滝田との夜を自慢気に話したという。
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