水羊羹の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 01:14 UTC 版)
水羊羹(みずようかん)は、霊元天皇の要望で亀屋陸通という菓子屋がやわらかい羊羹を作ったのが始まりという説がある。ただし、これは1801年の随筆『橘窓自語』に古老の話として書かれた内容であり、実際の史料の記述に見られるのは1760年ごろからである。当時の水羊羹は、現在のように寒天を使って固めたものではなく、蒸し羊羹をやわらかく作ったものだった。 寒天を使った水羊羹は、明和年間(1764年-1772年)ごろの成立とされる料理書『調味雑集』に登場する。蒸し羊羹のやわらかいタイプの水羊羹のバリエーションとして寒天を使った水羊羹が生まれ、寒天を使う製法が煉羊羹の誕生へとつながっていったと考えられる。 江戸時代の水羊羹は季節を問わず作られており、夏の菓子として定着したのは大正時代から昭和初期にかけてだと考えられている。 かつては、木枠の型(羊羹舟)でつくられた水羊羹を切り売りしていた。往時の名残として、厚みのある箱や容器に水羊羹を流し込んで販売する店が見られる。現在は、流し箱タイプのほか、アルミ缶やプラスチックカップに入った製品が市販され、高級和菓子店では棹物として、竹筒に入った製品なども販売されている。
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