正覚寺 (愛知県扶桑町)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 正覚寺 (愛知県扶桑町)の意味・解説 

正覚寺 (愛知県扶桑町)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/17 03:40 UTC 版)

正覚寺

本堂
所在地 愛知県丹羽郡扶桑町斎藤県タ21
位置 北緯35度21分19.3秒 東経136度54分11.7秒 / 北緯35.355361度 東経136.903250度 / 35.355361; 136.903250座標: 北緯35度21分19.3秒 東経136度54分11.7秒 / 北緯35.355361度 東経136.903250度 / 35.355361; 136.903250
山号 医王山
宗派 臨済宗妙心寺派
本尊 薬師如来
開山 友峰宗益
正式名 医王山正覚寺
文化財 十二神将像、大般若波羅密多経(町指定文化財)
法人番号 4180005009313
テンプレートを表示

北緯35度21分19.3秒 東経136度54分11.7秒 / 北緯35.355361度 東経136.903250度 / 35.355361; 136.903250

正覚寺(しょうかくじ)は、愛知県丹羽郡扶桑町にある臨済宗妙心寺派寺院

沿革

創立は詳らかではないが、本尊の薬師如来像は742年天平14年)に聖武天皇の勅命により行基が自作したと古記録に伝わる[1]。かつては真言宗の巨刹であったが、度重なる火災により廃頽したことから、1509年永正6年)に臨済宗の友峰宗益が再興し、中興の開山とする。1584年天正12年)の小牧・長久手の戦いの際に伽藍をはじめ累世の宝器、文籍などが悉く焼失し、廃寺となり境内も狭められた。1959年昭和34年)2月に現在の本堂が再建された。現在は本堂の他に、庫裏と経堂が建ち、町指定文化財の円空仏がある[2]

尾北地方におけるキリシタン殉教地の1つでもある[3]

文化財

  • 十二神将像(扶桑町指定有形文化財)[2] - 1974年(昭和49年)4月5日指定[4]。本尊薬師如来の両脇に、薬師如来を護る眷属として12体揃って安置されている。作者は円空で、寛文末から延宝初期(17世紀後半)の作と推定されている。12体全てが直径70cmほどの丸木を縦割りにした同木から作られており、円空の十二神将としては初期の作品である。大きさは63.4cmから76.5cmであり、額に干支が刻まれている。円空仏は愛知県岐阜県の各地にあるが、十二神将は数が少ない。近隣では江南市の音楽寺に11体残されている。
  • 大般若波羅密多経(扶桑町指定有形文化財)[2] - 1988年(昭和63年)1月25日指定[5]1782年天明2年)より1794年寛政6年)まで13年間の年月をかけて元竜泉寺和尚是孝が書き写したもの。所々の巻末に法名、援助者、費用等が記されている。和装折本、縦30cm、横50cm、高さ30cmの文庫式木箱一箱に50巻入、漆塗り桐箱12箱。

その他

境内に地区の集会場が建っている。

脚注

  1. ^ 『扶桑町史(下)』第四編 生活と文化 第二章 宗教
  2. ^ a b c 扶桑町/6.正覚寺の十二神将
  3. ^ キリシタン殉教史跡(愛知県北部・尾張地方) - カトリック名古屋教区
  4. ^ 『扶桑町史(下)』455頁
  5. ^ 『扶桑町史(下)』458頁

関連文献

参考資料

  • 1608年慶長13年)の検地帳には、「丹羽郡前刀村正覚寺御縄除九畝歩」と記されている。
  • 1692年元禄5年)奉納の鰐口の銘に「丹羽郡斎藤村医王山正覚寺、元禄甲戌際四月吉祥日、奉掛御宝前総檀越村中」とある。
  • 戦時中供出した梵鐘の銘に「尾州丹羽郡稲木荘斎藤邑、医王山正覚寺、天明八年戌甲二月再建立」とあった。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  正覚寺 (愛知県扶桑町)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「正覚寺 (愛知県扶桑町)」の関連用語

1
38% |||||

2
4% |||||

正覚寺 (愛知県扶桑町)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



正覚寺 (愛知県扶桑町)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの正覚寺 (愛知県扶桑町) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS