根来坂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 09:46 UTC 版)
この山の南側には根来坂という昔の若狭越えの重要な峠道が通っている。金ヶ崎の戦いで朝倉義景に敗れ、退散する織田軍および後備を守った羽柴秀吉や徳川家康が、この根来坂を越えて京都へ帰陣したと伝えられる。 また、その後は鯖などの若狭の魚を京都へ運ぶために使われており、鯖街道の1つとされている。山頂の北側には、木地山峠が通っており、その滋賀県側のふもと現在の朽木麻生木地山地区にかつて轆轤村という木地師を生業とする集落があり、滋賀県道23号が国道367号方面に向かって伸びている。 現在は小浜市上根来(元遠敷村おにゅうむら)〜滋賀県高島市小入谷(おにゅうだに)まで古道と数回交差しつつ根来坂から少し離れた場所のおにゅう峠を通る林道が完成しており、ほぼ全面舗装されている。この峠道は福井県側は福井県道35号久坂中ノ畑小浜線、滋賀県側は滋賀県道781号麻生古屋梅ノ木線に接続する。
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