有田川水系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 14:11 UTC 版)
上流域では山肌はあちこちで崩れ、有田川上流の伊都郡花園村では、高さ240m幅350mに渡って地滑りが起き、これによって約百戸の家屋が消えた。これはこの水害での斜面崩壊では最大規模のものである。このような流出土砂によって上述のように多数の天然ダムができた。徳田などの集落はその全部が流失、集落の多くが流失したところもいくつかあった。北寺の地すべり地では、花園村役場と民家18戸を埋没させ96人を生き埋めにした。 有田川は増水が最も激しく、最大で10mの水位の上昇があった。殿原、宮原などの堤防が決壊し、保田、宮原、箕島などの地域が泥の海になった。金屋橋は午前七時に流失、それより下流の橋は一つを残して流失した。紀勢西線は宮原駅前後が2.7kmに渡って流失した。また宮原小学校、保田中学校は校舎全部が流失した。洪水の引いた跡には泥や樹木が取り残されたが、その厚みは1mにもなり、家屋がほぼ埋められる状況も見られた。
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