明治の虻田
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 13:52 UTC 版)
明治に入ると蝦夷地は開拓使の管轄下に置かれ北海道と名を変えたが、当初のうちは一部の地域を旧藩や寺社などに分領支配させていた。虻田は1869年より約1年間、庄内藩(改称して大泉藩)の支配下に入り、1871年には伊達以南を支配していた旧亘理藩(仙台藩の支藩)藩主・伊達藤五郎邦成の領地となった。翌年ようやく開拓使室蘭出張所の管轄下に置かれ、西紋鼈戸長役場に属した。虻田に虻田郡各村戸長役場がおかれ、西紋鼈戸長役場より分離独立したのは1880年のことである。
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