日本国内の製造史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/01 13:58 UTC 版)
国内最初の硫酸製造工場は、1872年5月20日(旧暦明治5年4月14日)、大阪市北区天満にある大阪造幣局に設置された。大阪造幣局創設の翌年である。貨幣に利用する金銀合金の分離精製、および円形(えんぎょう/金属板を貨幣の形に打ち抜いたもの)の洗浄に用いるためである。当時の製造設備は硝酸法の一種である鉛室式であり、製造能力は1日当たり、180キログラムであった。 硝酸法のもう一つの製造方法である接触法の製造設備は日露戦争中である1905年に登場した。設置場所は、神奈川県平塚市にあった平塚海軍火薬廠である。製造能力は1日当たり、3,000キログラムであった。
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