新高崎競馬応援団の前身
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/25 19:28 UTC 版)
「新高崎競馬応援団」の記事における「新高崎競馬応援団の前身」の解説
2004年(平成16年)秋、群馬県営・高崎競馬は赤字経営を理由として廃止の方針が打ち出された。この方針に強く反発した一部の調教師、騎手、厩務員、馬主らが中心となって、「夢競馬を創る会/チームフェニックス」が旗揚げされる。この時、高崎競馬の調騎会の会長派は廃止賛成の方向へと大きく傾いており、チームフェニックスはこれに対抗する存続派によってつくられた。チームフェニックスは署名活動、行政への働きかけのほか、地方競馬参入に興味を示していたライブドア社長(当時)の堀江貴文を群馬に招いて小寺県知事と会談を実現させるなどしている。しかし、ライブドア参入は県によって却下され、高崎競馬は2004年(平成16年)12月31日をもって廃止されることが決まった。 こうした中、チームフェニックスのメンバーらによって、高崎競馬のトレーニング施設であった境町トレーニングセンター(群馬・伊勢崎市)に新たな競馬場をつくろうという計画が持ち上がる。その計画に賛同する関係者とその家族によって結成されたのが新高崎競馬応援団である。チームフェニックスの活動はテレビ東京のドキュメンタリー番組・ガイアの夜明け「優駿の叫び ~存続か廃止か 揺れる地方競馬~」として2005年(平成17年)1月18日に放送されている。
※この「新高崎競馬応援団の前身」の解説は、「新高崎競馬応援団」の解説の一部です。
「新高崎競馬応援団の前身」を含む「新高崎競馬応援団」の記事については、「新高崎競馬応援団」の概要を参照ください。
- 新高崎競馬応援団の前身のページへのリンク