と‐きょう【斗×栱/×枓×栱】
斗栱


斗栱(とうきょう)とは、中国に起源を持ち、漢字圏の木造建築における構造の一部である。屋根の荷重を支え、柱へと伝える役割を担うとともに、装飾的な要素も兼ね備えている。
日本では斗栱は「組物」の一部とされ、日本の仏教建築を特徴づける要素の1つでもある。
呼称
- 中国語では、斗拱(ときょう)、斗科(とく)、欂櫨(ぼくろ)、鋪作(ほさく)、蓮花托(れんかたく)、牌科(はいか)などとも称される。
- 日本語では、『常用漢字表』に従い、「栱」の漢字をひらがなにして「斗きょう[1]」と表記することがある。また、肘木[2](ひじき)や枓栱[3](とうきょう)と表記されることもあり、さらに広い範囲を指して「組物[4]」と呼ばれることもある。
- 朝鮮語では、「공포(栱包、きょうほう)」と呼ばれる。
歴史
起源
現在、斗栱の前身とその発生過程については、主に以下の3つの説がある:
- 井干構造(立柱や大梁を用いない建築構造)から派生したとする説。
- 挑梁(せり出した梁)から発展したとする説。
- 擎檐柱(屋根を支える柱)が斜材へと変化し、それがさらに斗栱へと発展したとする説。
最も古い斗栱の形状は、戦国時代の崖墓や石室、石闕、冥器、壁画などに見られる。これらの斗栱は形状が比較的単純で、主に陶製の十字型部材を交差させて積み重ねたものであり、外観は粗削りで装飾的要素は少なく、主に荷重を支える役割を担っていた。
現存する実物としては、四川省綿陽市梓潼県の漢代・石闕に見られる「一斗三升斗栱」、および四川省雅安市の後漢・高頤墓闕に見られる「一斗二升斗栱」が挙げられる[5]。この形式の斗栱は後に日本へと伝わり、飛鳥・奈良時代の法隆寺にその姿を確認することができる[6]。
出典
- ^ 百科事典マイペディア. “【斗きょう】とは?”. https://kotobank.jp/dictionary/. コトバンク. 2025年2月12日閲覧。
- ^ 日本国語大辞典. “肘木(ヒジキ)とは?”. コトバンク. デジタル大辞泉. 2025年2月12日閲覧。
- ^ “斗栱/枓栱(ときょう)とは?”. https://www.goo.ne.jp/. goo国語辞書. 2025年2月12日閲覧。
- ^ “斗栱組物 – 大阪文化財ナビ”. 2025年2月12日閲覧。
- ^ 『中国古建築裝飾・中冊』7頁,434頁,435頁。伊東忠太著。
- ^ 『中国古建築裝飾・中冊』 701頁。伊東忠太著。
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