政界入りと世界旅行
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 02:16 UTC 版)
「ジョージ・カーゾン (初代カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵)」の記事における「政界入りと世界旅行」の解説
1885年に首相第3代ソールズベリー侯爵ロバート・ガスコイン=セシルの私設秘書代理となり、翌1886年にはランカシャー南西部サウスポート選挙区(英語版)選出の庶民院議員に当選した。 政界入り直後のカーゾンは世界中を旅行した。1887年から1888年の最初の旅行では、英自治領カナダからアメリカ、日本、清、英領香港、英領シンガポール(英語版)、セイロン島、英領インドなどをめぐった。1888年から1889年の二回目の旅行ではロシアとロシア領中央アジアを巡った。1889年から1890年の三回目の旅行ではペルシアを訪問している。 三回目の旅行を終えた後の1891年から1892年にかけてインド担当省政務次官(英語版)を務めた 1892年に4度目の旅行に出、アメリカ、日本、清、朝鮮、シャム、フランス領インドシナなどを巡った。1894年の五度目の旅行ではアフガニスタンを訪問した。 これらの体験をもとに中央アジア、東アジアについて著した数冊の書物を出版した。とりわけ1889年の『中央アジアにおけるロシア』、1892年の『ペルシアとペルシア問題』、1894年の『極東の諸問題』の三冊が著名である。 この功績で1895年には王立地理協会の金メダル(パトロンズ・メダル)を受賞した。
※この「政界入りと世界旅行」の解説は、「ジョージ・カーゾン (初代カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵)」の解説の一部です。
「政界入りと世界旅行」を含む「ジョージ・カーゾン (初代カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵)」の記事については、「ジョージ・カーゾン (初代カーゾン・オヴ・ケドルストン侯爵)」の概要を参照ください。
- 政界入りと世界旅行のページへのリンク