持明院統正嫡として
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:00 UTC 版)
後伏見上皇と正妃(女御)西園寺寧子の第1子(後伏見天皇第3皇子)として正和2年7月9日に誕生。8月17日に親王宣下され「量仁」と命名される。記録にある限り、文保3年から正中2年まで(7歳から13歳頃)親族と持明院殿にて同居し周到な帝王教育が施された。後伏見上皇から琵琶、永福門院から和歌、花園上皇から学問を学び、花園からの教育は「誡太子書」を授かるなど特に注目される。
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