拷問致死事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/02 06:45 UTC 版)
1987年1月13日深夜(あるいは14日朝)、大学の先輩で民主化推進委員会結成などで1985年から指名手配中の朴鍾雲(パク・ジョンウン)の捜査のため治安本部に下宿先から連行される。南営洞対共分室(朝鮮語版)での取り調べの際、所在を問われて黙秘したため殴打や電気責めなどの拷問を受ける。14日午前11時頃、水責めの際に浴槽の縁で胸部を圧迫され窒息、往診した医師オ・ヨンサン(朝鮮語版)により死亡が確認された。
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