抗争事件の始まり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/21 01:01 UTC 版)
安井武美が銃撃され死亡した6月28日の夜、愛媛県宇和島市栄港町の波谷組系川田興業の事務所に銃弾5発が撃ち込まれ、川田興業の幹部1人が重傷を負った。 また、翌6月29日には波谷組の関係各所に銃弾が撃ち込まれる事件が相次いだ。同日午前7時45分頃には、大阪府大阪市中央区東心斎橋2丁目の近鉄ビル4階B室にあった波谷組系三代目大日本正義団傘下にあった水野組(組長は水野友幸)の組事務所に銃弾3発が撃ち込まれた。また、同日朝には東大阪市横沼町の波谷組系天野組(組長は天野洋志穂。本名は金政基)の傘下にあった枡田組の組事務所に銃弾1発が撃ち込まれたほか、同日には大阪市東淀川区にあった天野洋志穂の自宅にも、銃弾6発が撃ち込まれた。
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