徳川将軍家から再び尾張徳川家へ
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「五月雨江」の記事における「徳川将軍家から再び尾張徳川家へ」の解説
その後も徳川将軍家に伝来し、徳川8代将軍吉宗が本阿弥家に命じて編纂させた名刀の目録である『享保名物帳』が成立した頃には金二百五十枚の代付けがされるようになる。1939年(昭和14年)5月27日付で徳川家達公爵名義にて国宝保存法に基づく旧国宝(現在の重要文化財)に指定される。1944年(昭和19年)3月には、徳川家正公爵から尾張徳川家伝来の家宝を展示する徳川美術館へ、同家ゆかりの品として本作が寄贈され、美術館はその謝礼として5万円を家正へ贈った。
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