年寄襲名について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/03 09:19 UTC 版)
年寄・若松の名跡は、2002年2月に11代若松(元大関・朝潮)と6代高砂(元小結・富士錦)が名跡交換し、富士錦が定年退職するまでの1カ月間、12代若松を名乗っていた。その後、元関脇・琴錦が13代若松を襲名したが、これは他の年寄名跡が空くまで一時的に一宮章(富士錦)から借り受けた借株であった。2003年9月、琴錦は年寄・竹縄を春日野親方(元関脇・栃乃和歌)から借り受け、若松を返上した。 そして2003年10月、朝乃翔が一宮章(富士錦)から若松を借り受けて、準年寄から14代若松を襲名した。後に朝乃若が若松の年寄名跡を取得したが、引き続き朝乃翔が借り受けて若松を名乗っていた。2005年4月、朝乃若が引退し若松を襲名するため、大鵬部屋の元十両・大竜が借株で襲名していた年寄・佐ノ山を千代大海から借り受けて名跡変更した。さらに2005年8月5日、空き株となっていた年寄・関ノ戸を松井孝一(元関脇・福の花、13代関ノ戸)から借り受けた。その後、年寄・若藤に名跡変更したが、2008年1月24日限りで退職した。
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