帝国主義戦争と資本主義への批判
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/07 05:58 UTC 版)
「ルクセンブルク主義」の記事における「帝国主義戦争と資本主義への批判」の解説
ボリシェヴィキの政策への批判の一方で、ローザ・ルクセンブルクは社会民主主義や第二インターナショナルの振る舞いを、社会主義への完全な裏切りとみなした。それは、第一次世界大戦勃発の際に世界中の社会民主主義政党は、戦争中に「城内平和」の名の下に各国のブルジョワを支持する事で、世界中の労働者階級を裏切ったからである。これは彼女自身が所属するドイツ社会民主党(SPD)も含まれ、その多数派は国会で戦費調達のための投票に賛成した。 彼女は、戦争を国家のブルジョワ階級が世界の資源と市場を支配するための大量虐殺とみなし、そこへ各国の労働者階級の若者を送ることに反対した。彼女は第二インターナショナルを、資本主義のための事務作業を行っている機会主義政党にすぎないとみて、それから抜け出した。彼女はカール・リープクネヒトと、彼らの見解を持つドイツの強力な運動としてドイツ共産党を組織したが、投獄と釈放を繰り返し、1919年のドイツ革命の失敗の中で殺害された。
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