川島なお美_恋のサウンドグラフィティとは? わかりやすく解説

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川島なお美 恋のサウンドグラフィティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/10 22:54 UTC 版)

SONY Night Square
川島なお美 恋のサウンドグラフィティ
ジャンル トーク番組
音楽番組
放送方式 録音
放送期間 1983年4月10日 - 1984年9月30日
放送時間 日曜 22:00 - 22:30
(※ニッポン放送での放送時間)
ネットワーク NRN各局
東北放送
東海ラジオ
朝日放送
パーソナリティ 川島なお美
出演 上柳昌彦
(当時ニッポン放送アナウンサー)
提供 SONY
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川島なお美 恋のサウンドグラフィティ(かわしまなおみ こいのサウンドグラフィティ)は、1983年4月10日から1984年9月30日までニッポン放送NRN各局で放送されていたラジオ番組パーソナリティ川島なお美ソニーの一社提供枠『SONY Night Square』で放送されていた。

概要

川島なお美にとっては、1983年3月いっぱいで終了した『川島なお美 おもしろソーダ』に続くニッポン放送でのレギュラー番組である(なお、文化放送でDJを務めていた『ミスDJリクエストパレード』は、1983年3月で青山学院大学卒業とともに降板している)。リスナーから寄せられたはがきを中心に構成し、時には電話も使ってリスナーとどんどん対話しようというコンセプトで始まった番組である[1]。そして音楽大好き人間であった川島自身の特性を活かし、その知識を活かして音楽は1930年代1940年代ロックンロールから洋楽邦楽問わずふんだんにオンエアしていた[1][2]

主なコーナーには、はがきコーナーの他に悩み相談の『シャワーのあとで』コーナー(1983年出版の川島のエッセイ集と同じタイトル)[3]、ロックンロールなどの曲のタイトルと内容を基にして作られ、当時ニッポン放送アナウンサーの上柳昌彦との掛け合いで進行されるラジオドラマコーナーがあった[2]。はがきコーナーやシャワーのあとでコーナーは毎週決められたテーマに沿ったはがきを募集していたが、面白い内容のものがあった時にはテーマに関係なく紹介したこともあった[3]

当番組のエンディング曲は、初期は大瀧詠一インストゥルメンタル・アルバム『NIAGARA SONG BOOK』収録曲の『青空のように』[4]。後期はレスリー・ゴーア の曲「Young and Foolish英語版」。

ゲスト

放送されていた局

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b ラジオマガジンモーターマガジン社)1983年6月号 p.160
  2. ^ a b BOMB 1983年11月号 72頁。
  3. ^ a b ラジオマガジン 1983年7月号 p.92
  4. ^ ラジオマガジン 1983年7月号 p.144「ラジオ番組Q&A」



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