小串町
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こぐしちょう 小串町 |
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廃止日 | 1956年7月1日 |
廃止理由 | 編入合併 小串町 → 豊浦町 |
現在の自治体 | 下関市 |
廃止時点のデータ | |
国 | ![]() |
地方 | 中国地方 |
都道府県 | 山口県 |
郡 | 豊浦郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 5.60 km2. |
総人口 | 5,525人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 豊浦町 |
小串町役場 | |
所在地 | 山口県豊浦郡小串町字向山 |
座標 | 北緯34度10分34秒 東経130度55分45秒 / 北緯34.17611度 東経130.92925度座標: 北緯34度10分34秒 東経130度55分45秒 / 北緯34.17611度 東経130.92925度 |
ウィキプロジェクト |
小串町(こぐしちょう)は、山口県豊浦郡にあった町。現在の下関市豊浦町大字小串にあたる。
本項では町制前の名称である小串村(こぐしそん)についても述べる。
地理
- 海洋:響灘
- 山岳:浄天山
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、近世以来の小串村が単独で自治体を形成。
- 1925年(大正14年)5月1日 - 小串村が町制施行して小串町となる。
- 1945年(昭和20年)8月21日 - 小串沖合で輸送船「栄江丸(1164トン)」が触雷により沈没[1]。
- 1947年(昭和22年)12月1日 - 昭和天皇の戦後巡幸。昭和天皇が国立山口病院を訪問、入院患者らの慰問を行う[2]。
- 1956年(昭和31年)7月1日 - 豊浦町に編入。同日小串町廃止。
交通
鉄道路線
参考文献
- 角川日本地名大辞典 35 山口県
脚注
- ^ 日置英剛『年表 太平洋戦争全史』国書刊行会、2005年10月31日、783頁。ISBN 978-4-336-04719-9。
- ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、557頁。 ISBN 978-4-487-74410-7。
関連項目
- 小串町のページへのリンク