大田熊太郎とは? わかりやすく解説

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大田熊太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/18 14:40 UTC 版)

大田 熊太郎
生誕 1891年11月1日
日本 山口県
死没 (1967-06-09) 1967年6月9日(74歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1914年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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大田 熊太郎(おおた くまたろう、1891年明治24年)11月1日[1] - 1967年昭和42年)6月9日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。旧姓は行本[1]

経歴

1891年(明治24年)に山口県で生まれた[1]陸軍士官学校第26期卒業[1]1939年(昭和14年)3月に独立歩兵第9大隊長(第1軍・独立混成第3旅団)に就任し、日中戦争に出動し[1][2]、崞県に駐屯した[1]1940年(昭和15年)8月1日陸軍歩兵大佐進級と同時に歩兵第62連隊長(第12軍第21師団・第21歩兵団)に就任し[2]中原会戦などに参加した[1]1943年(昭和18年)8月に第4師団司令部附となり[2]大阪帝国大学に配属され[2]1944年(昭和19年)4月に第44師団司令部附に転じ[2]、大阪帝国大学に配属された[2]

1945年(昭和20年)2月12日に歩兵第71旅団長(第13軍第65師団)に就任し[1]徐州の警備に当たった[1]。同年6月10日に陸軍少将に進級[3]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[4]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j 福川 2001, 149頁.
  2. ^ a b c d e f 外山 1981, 362頁.
  3. ^ 将校進級内報(1)」 アジア歴史資料センター Ref.C12120945300 
  4. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」123頁。

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 ISBN 4829500026 



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