堰口
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/16 07:21 UTC 版)
堰口は取水口の別称である。大野田から竜島に渡る橋の右岸に「波田堰旧取水口」の説明掲示がある。これによると、1871年(明治4年)に波田堰が起工された時の堰口は「小川原」であった。しかし、より取水を容易にするため、「スコボシを隧道で抜け、梓川本流の川幅が狭まる大沢に堰口を移す工事」が1874年(明治7年)晩秋に着工されたという。しかし、「スコボシはチャートの硬い岩盤であり、冬の渇水期に完成が要求される短い工期」であった。この堰口は、1949年(昭和24年)に、すぐ下流に梓川頭首工が完成するまで、波田堰への取水の仕事を果たした。梓川頭首工から取水された水は、上海渡分水口で各堰に配分されるだけでなく、地下水路を通じて畑地灌漑にも使われる。上海渡サイホン・花見サイホンを通じて左岸にも送られ、右岸では遠く塩尻市まで送られる。総灌漑面積は約1万1000haである。 1875年に完成されたトンネル水路の堰口跡と思われる遺構。梓川頭首工完成により使われなくなった。梓川頭首工の湛水により主要部分は水中に没している 梓川頭首工を上流の橋の上からみる。灌漑用水は堰だけでなく、地下水路を通じて畑地灌漑にも使われる。灌漑面積は約1万1000ha
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