国章変更の試み
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/05/31 17:31 UTC 版)
「北マケドニアの国章」の記事における「国章変更の試み」の解説
マケドニア国内の政治的・民族的対立のため、国章を改めようとする試みは成功をみていない。1992年に新しい国章の案として、赤い盾に黄金色のライオンを描いたものが作成された。これは、マケドニアで伝統的に用いられてきた象徴であり、19世紀頃にはマケドニアのナショナル・ロマンティシズム主義者や内部マケドニア革命組織などの革命家が使用してきたものである。しかしながら、この案は次の理由で受け入れられることはなかった。 内部マケドニア革命組織・マケドニア国家統一民主党をはじめとするマケドニアの政党がこの象徴を党の紋章として使用している。 新しい国章案はマケドニア共和国のマケドニア人のみを象徴するものであるとして、国内のアルバニア系住民が反発した。 赤い盾に黄金色のライオンを描いたものはブルガリアの歴史的象徴でもあり、ブルガリアの国章にも採用されている。ブルガリアとマケドニア共和国との関連性については当時も現在もマケドニアにおいては論争の的である。 これらの問題のために、マケドニアの政党は新しい解決法が見つかるまでの間、既存の国章を引き続き使用することで合意した。ユーゴスラビア社会主義共和国連邦の時代から使われているマケドニアの国章は、しばらくの間パスポートに表示されない状態が続いたが、2007年に更新されたパスポートにはこの国章が表示されている。国章に関する議論はその後も継続されている。
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