名和長年へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 00:58 UTC 版)
忘れめや よるべも波の 荒磯を 御船の上に とめし心は(大意:決して、忘れることはあるまい。荒い波の打ち寄せる磯辺で、船の上にたたずむ私を助けてくれた、あの日のことを。そして、寄る辺もない私のことを、船上山で護ってくれた、あの戦いのことを) —後醍醐天皇御製、『新葉和歌集』羇旅・572 後醍醐天皇が隠岐国を脱出して本州に辿り着いた際、最初に後醍醐に味方した伯耆国(鳥取県)の豪族・武将である名和長年のために詠んだ歌。准勅撰和歌集『新葉和歌集』羇旅歌の巻軸(その巻の末尾を飾る重要で優れた歌)である。長年は船上山の戦いで幕府軍に勝利し、その功績から、のち後醍醐の寵臣「三木一草」の一人になった。しかし、建武の乱で足利尊氏と戦い、討死した。 『新葉和歌集』で、この歌の後に撰者の宗良親王が書き加えた文によると、かつて、後醍醐天皇が名和長年の船上山での活躍を記した記録が存在した。そして、その記録の奥に付されたのがこの歌であったという。後醍醐による名和長年の伝記は散逸し、この歌のみが残る。
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