同園指導員らによる収容生せっかん死事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 00:51 UTC 版)
「鹿児島県立若駒学園」の記事における「同園指導員らによる収容生せっかん死事件」の解説
1987年12月3日夕方、無断外出を繰り返す当時13歳の被収容生徒に対し、同園の指導課長はじめ指導員7人が生徒の両腕をガムテープで縛り上げ、殴る蹴るなどの暴行を加えた。その後119番通報により消防隊員が駆け付けたときにはすでに死亡しており、鹿児島大学医学部付属病院で司法解剖に附せられ、指導課長らは傷害致死の疑いで県警国分警察署(現在の霧島警察署)に逮捕された。この事件を受け、指導課長ほか指導員全員が懲戒免職に処せられた。元指導課長らはその後起訴され、鹿児島地方裁判所で有罪判決を受けた。
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