吉永小百合脅迫事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/07 09:29 UTC 版)
1963年の5月から8月にかけて女優の吉永小百合(当時18歳)宅に、「草加次郎」名の6通の脅迫状が届いた。「草加」は台東区在住を称していた。脅迫状にはおでん屋台店主(後述)に撃ち込まれた弾丸と同じ弾丸が入っており、内容は100万円を要求するものであった。1通目から4通目までは小百合の父親が上野駅前の喫茶店まで来るように書かれていたが、犯人は現れなかった。 1963年9月6日に届いた「草加次郎」名の7通目の脅迫状には、9月9日または9月10日に「草加次郎」が指定した急行列車から現金投下のサインの場所で100万円を投下するという現金の受渡し方法が提示された。過去の6通の脅迫状と異なり、時限爆弾を示す絵が入っていた。 だが、9月9日と9月10日に列車に乗り込むも、現金投下のサインは現れなかった。
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