准大臣と知太政官事の混同
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/16 17:23 UTC 版)
中世の故実書である『職原鈔』『官職難儀』などでは、知太政官事を准大臣と同じものとして扱っている。しかし、准大臣があくまで参内の際の席次の待遇とそれを表す称号に過ぎないのに対し、知太政官事は令外官とはいえ歴とした官職であり、しかも太政官の総裁として皇族のみが就任した重職であって、両者はまったく異質で別個のものである。このような混同が生じたのは、『延喜式』で知太政官事の季禄が右大臣に准ずるものと規定されていたこと、『公卿補任』において、天平年間に知太政官事であった鈴鹿王が右大臣橘諸兄の下の位置に記載されていることなどからきた誤解である。
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