共産党政権下
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/12 20:52 UTC 版)
共産党政権は1948年に「宗教法」を出し、国が教会を統制する体制を固めた。多くの修道院が職業センターに改組され、聖職者たちは別の世俗の職業を学ぶことを促された。ルーマニア正教会の指導部は共産党政権と良好な関係を保ち、ルーマニアの民族主義を強調する国策に協力した。一方で多くの聖職者たちが教会を離れていった。1963年までに司祭と修道士をあわせ2500人が逮捕され、2000人以上の修道士が修道生活を強制的に断念させられた。 教会を離れた聖職者たちは、長期服役の判決を受けた。また教会に留まった聖職者の中には多数の秘密警察の協力者や情報提供者がいた。2001年、旧共産党政権に協力した正教会司祭のリストが公開されることを阻むために、ルーマニア正教会はかつての秘密警察の文書閲覧を許す法律を変えようとしたが失敗した。 1989年、ルーマニア革命で共産党政権が崩壊すると、国から教会への統制は廃止された。
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