全日本 第1期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/18 20:11 UTC 版)
全日本女子の監督も、日本リーグの二大指導者である小島と山田が交代で就任する時期が長く続いた。 1970年、小島は全日本監督に初就任。 1972年、ミュンヘン五輪に参加。東京五輪の金メダルチーム(東洋の魔女)でただ一人残った松村勝美が主将を務め、山下規子・古川牧子・島影せい子・塩川美知子と合わせて5人のユニチカ選手に、日立の生沼スミエやヤシカの岩原豊子・浜恵子などメキシコ五輪の銀メダルメンバーを加えて、大会に臨んだ。しかし、決勝でソ連に敗れ、2大会連続の銀メダルに終わった。
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